先週末、蔵王にスキーに行ってまいりました。すっかり春めいておりまして、過ぎゆく冬を惜しみながら滑ってきました。
ところで、鳥兜の山頂付近に、大きな樹氷があるのをご存知でしょうか。樹氷は溶けて芯材が露わになっていました。そう、あれは、テレビ塔。ふと思いました。もし樹氷に観光資源、景観資源としての価値を求めているのであれば、人工の芯材を立てて、樹氷にすればいいのではないか。
しかし、どうも違う。
形だけを再現すればいい、というものではない
今日は、そんなことを少し考える例会にしたいと思っております。
本日は、林野庁東北森林管理局 山形森林管理署の染谷実署長より、樹氷の原木であるオオシラビソについてお話を頂戴いたします。まもなくお越しになると思います。ご多用のところありがたいことです。
今月は「水と衛生月間」です。
ロータリーは世界で井戸を掘り、トイレを整備し、ポリオワクチンを届けてきました。言わば私たちは、水と衛生を守る活動を続けてきた団体です。
しかし日本にいると、水のありがたみをつい忘れてしまいます。蛇口をひねれば水が出る。では、その水はどこから来ているのでしょうか。
ダムでしょうか。
確かに蔵王ダムはありがたい。昭和40年代まで旱魃に悩まされた山形盆地を救い、そして昭和50年代には左沢から最上川の水を毎秒7.8トン導水する仕組みも整い、山形から旱魃は消えました。まさに人間の知恵の結晶です。
しかし、ダムは水を貯める装置であって、水をつくる装置ではありません。
水をつくるのは、山です。
蔵王連山に降り積もる雪、そして樹氷の原木であるオオシラビソ。
オオシラビソの森は雪を受け止め、日陰をつくり、ゆっくりと融かしながら水を地中に染み込ませていきます。森林は、いわば巨大なスポンジのような存在です。
蔵王の水は、冬の雪を春まで預かってくれる「天然のダム」によって守られています。そしてオオシラビソの森は、その水をゆっくりと放す調整装置の役割を果たしています。
ところが、そのオオシラビソが二万三千本も枯死している。
もし山のスポンジが弱れば、雪解けの水は一気に流れ出し、春は増水し、夏には不足する。いわば「せっかちな水」になってしまいます。森林は水を穏やかにする装置でもあるのです。
ダムは偉い。しかし山はもっと偉い。
ダムは人間がつくった貯水池ですが、雪と森は自然がつくった貯水池です。
私たちは遠い国で井戸を掘り、水を守る活動をしています。それは素晴らしいことです。
しかしそれと同時に、いやそれ以前に、足元の水源を守ることこそが大切な使命だと私は思います。
山を守るとは、水を守ること。
水を守るとは、地域を守ること。
それは未来世代への奉仕であり、人類への奉仕でもあります。
ダムは予算でつくれます。しかし樹氷の森の再生は、予算だけではできません。知恵と手間、そして長い時間が必要です。
だからこそ、私たちが取り組む価値があるのだと思います。
今日は、樹氷の話ではありますが、実は環境の話であり、水の話であり、そして未来のお話、です。
本日お越しの会員の皆さまを歓迎申し上げ、会長あいさつといたします。
ありがとうございます。